寄り添っているようで、少しずれている言葉

家族のことで、少し生活が変わる出来事がありました。

外から見れば、たぶん大変そうに見えるのだと思います。
心配されるようなことなのかもしれません。

でも、実際にその中で暮らしている私たちは、思っているより普通に過ごしています。

もちろん、何も変わらなかったわけではありません。

家の中の流れは変わりましたし、やることが増えた部分もあります。
考えることも、前より少し増えました。

それでも、毎日を大事件のように扱っているわけではありません。

それぞれができることをして、必要なところは手を貸して、普通に暮らしています。
特別に立派なことをしているつもりもありません。

ただ、今の生活として回しているだけです。

だからなのか、外からかけられる言葉に、少し戸惑うことがあります。

「みんなで協力していかないとね」

「幸せに暮らすのがいちばんだから」

「大変だろうけど、がんばらないとね」

そういう言葉は、悪い言葉ではありません。

心配してくれているのだと思います。
励まそうとしてくれているのかもしれません。

でも、聞いているこちらとしては、少し疲れてしまうことがあります。

こちらの暮らしを見て言っているというより、
「こういう時は、こう言うもの」
という言葉をかけられているように感じるからです。

大変でしょう。
協力しないとね。
がんばらないとね。

たぶん、言っている側は、良いことを言っているつもりなのだと思います。

それはわかります。

でも、その言葉を聞くたびに、こちらの生活が勝手に「大変な話」にされていくような気がすることがあります。

私たちは、そんなに悲壮感を持って暮らしているわけではありません。

助け合っている部分はあります。
でも、それをきれいな話のように言われると、少し違うと思ってしまいます。

家族だから、できることはします。
でも、家族だから何でも背負うわけではありません。

その時その時で、必要なことをしているだけです。

それなのに「大変でしょう」と言われると、
大変な人として返事をしなければいけない気がします。

「がんばらないとね」と言われると、
もうやっていることまで、足りないように見られている気がします。

言葉としては、きっと間違っていません。

でも、こちらの気持ちと少しずれている。

その少しのずれが、何度も重なると、思ったより疲れるのだと思います。

何かを言ってほしいわけではありません。

正しい励ましがほしいわけでもありません。
きれいな言葉でまとめてほしいわけでもありません。

わからないなら、無理にわかったような言葉にしなくてもいいのになと思うことがあります。

何も言わずに、そっとしておいてくれるほうが、こちらを気遣ってくれているように感じることもあります。

家族のことは、外から見えるより細かいです。

大変なのか、そうでもないのか。
がんばっているのか、普通に暮らしているだけなのか。

それは、その中で暮らしている人にしかわからない部分もあるのだと思います。

たぶん、私は何か言ってほしかったわけではないのだと思います。

ただ、こちらの暮らしを、勝手に大変な話にしないでほしかった。

そのくらいの気持ちだったのかもしれません。

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