夫の家族のことで、大事な予定がありました。
体調のこともあり、医師にも相談しながら進めていたようです。
ある日、夫から連絡が来ました。
予定通り出かけること。
医師にも相談していること。
移動中にビデオ通話をつなぐので、私に応援して送り出してほしいこと。
そして、自分もいろいろ考えると涙が出る、というようなことも書かれていました。
私はそれを読んで、少し止まりました。
気をつけて行ってきて。
まず、そう思いました。
大事な予定なのだろうということも分かります。
でも同時に、ビデオ通話で応援するとはどういうことなのだろう、と思いました。
私は、その予定について、途中の話をほとんど聞いていませんでした。
医師とどんな話をしたのか。
体調はどうなのか。
どういう流れで、その予定になったのか。
そういうことを知らないまま、急に「応援して送り出してほしい」と言われました。
応援したくなかったわけではありません。
行ってほしくなかったわけでもありません。
ただ、何も聞いていないまま、急にその場面に入ることを求められても、私の気持ちはすぐにはそこへ向かいませんでした。
夫の中では、話はつながっていたのだと思います。
予定があり、医師に相談し、行くことを決めて、いよいよ明日になった。
その流れの中で、私にも声をかけてほしいと思ったのかもしれません。
でも、私にはその途中が届いていませんでした。
だから夫からの連絡は、私にはとても唐突に見えました。
大事な話なのに、途中を聞いていない。
それなのに最後の場面だけ、急にこちらに来る。
夫とのやりとりでは、こういうことが何度もあったように思います。
夫の中では、もう考えが進んでいる。
気持ちも動いている。
自分なりに準備もしている。
でも、こちらにはその過程が見えていません。
そして最後に、「こうしてほしい」という形で届く。
そのたびに、話の途中を知らないまま、急に役目だけ渡されたように感じます。
大事なことだからこそ、先に少し話してほしかった。
何がどうなっているのか。
どういう経緯でそうなったのか。
夫は何を考えているのか。
細かい説明がほしかったわけではありません。
ただ、私にも分かるように話してほしかった。
そうすれば、同じ「応援してほしい」という言葉でも、受け取り方は違ったと思います。
私はそのとき、気をつけて行ってきて、と返しました。
それは本当にそう思ったからです。
でも、ビデオ通話で応援とはどういうことなのか、何も聞いていないから唐突で驚いた、ということも伝えました。
そのまま何も言わずに合わせることはできませんでした。
夫の中で、大事な出来事が進んでいたことは分かります。
でも私には、その出来事が途中を抜かして急に届きました。
だから、すぐに同じ気持ちで応援することはできませんでした。
私が引っかかったのは、応援することそのものではありません。
何も知らないまま、急にその場面だけを渡されたことでした。
