50代に入ってから、将来や老後のことを考えると不安が浮かぶようになったと感じる人もいます。
特別に大きな出来事があったわけではないのに、気持ちだけが重く残る場合もあります。
その背景に、「夫婦で老後の話をしていないまま時間が過ぎている」という状態が関係していることがあります。
話し合いを避けてきたわけでも、意識的に無視してきたわけでもない。
気づけば何も決まらないまま現在に至っている、というケースです。
老後の話題は、切り出す前から重くなりやすい性質を持っています。
お金や生活の見通し、健康、働き方など、複数の要素を一度に含むためです。
具体的な話に入る前の段階で、話題そのものに身構えてしまうこともあります。
年金や老後資金といった言葉が出てくるだけで、結論や決断を求められているように感じる場合もあります。
実際にはまだ何も決めていなくても、将来全体に触れる話題であるため、気持ちが先に固まってしまうことがあります。
一方で、老後の話をしていなくても、日々の生活は大きな支障なく回ってしまいます。
家事や仕事、家族の用事をこなしているうちに時間だけが過ぎ、「今はまだいい」「もう少し先でいい」と判断を先送りしやすくなります。
このため、話題を避けている自覚がなくても、結果として老後については何も話されない状態が続きやすくなります。
話されていない状態が続くと、不安は具体的な形を持たないまま残りやすくなります。
何が問題なのかがはっきりしないため、対処もしにくくなります。
この不安は、「話し合いが足りなかった」「もっと真剣に考えるべきだった」といった反省とは、やや性質が異なります。
問題が見えない状態が続くことで、気持ちの置き場がなくなっている状態に近いものです。
老後の話ができていないことを、夫婦関係の問題として受け取ってしまう人もいます。
ただ、話題そのものが持つ重さや、正解が定まりにくい性質が、会話を止めている場合もあります。
老後というテーマは、どこから手を付けてよいか分かりにくく、判断や決断を前提としやすい話題です。
話し合いが成立しないのではなく、判断や結論に入る前の段階で足が止まっている状態と見ることもできます。
夫婦で老後の話をしないまま50代を迎えることは、特別な失敗や問題とは限りません。
生活を回しながら、その時々の優先事項に対応してきた結果として、自然に生じている場合もあります。
不安が残っているときは、「まだ話し合いの段階に入っていない状態が続いている」と整理する方が合うことがあります。
結論や行動に進む前の位置にいるだけだと捉えることで、考え続ける負担を増やさずに済む場合もあります。


