理由がはっきりしないのに、気持ちだけが疲れていく状態がある

特別に大きな出来事があったわけではありません。
生活が大きく崩れているわけでもなく、強い我慢をしている自覚もない。
それでも、気持ちだけが少しずつ疲れていくと感じる場面があります。

この状態は、周囲から見ても説明しづらいものです。
本人にとっても何が原因なのかが分からないままのため、扱いにくさが残りやすくなります。
その結果、疲れている感覚そのものを後回しにしてしまうことも少なくありません。

疲れは、多くの場合「負荷」と結びつけて考えられます。
忙しさや人間関係など、はっきりしたストレス要因があれば理由として理解しやすい。
一方で、目立った負荷が見当たらない状態でも、消耗が重なっていくことはあります。

その一つが、意識が常に動いている状態です。
実際に何かを決めているわけではなくても、考え続けている時間や、気にかけている時間が長くなる。
行動量が少なくても、意識の稼働が止まらないことで、疲労が蓄積していきます。

この疲れは、はっきりした形を取りにくい傾向があります。
痛みや強い不安のように表に出るわけではなく、生活の中に溶け込むように続いていく。
そのため、「まだ大丈夫」「この程度で疲れるのはおかしい」と、自分の感覚を小さく扱ってしまいやすくなります。

理由が分からない疲れは、自己評価とも結びつきやすい状態です。
特別な問題が起きていないのに疲れている感覚は、努力不足や甘さとして解釈されてしまうことがあります。
その結果、疲れの原因を外ではなく、自分の内側だけに探してしまう場合もあります。

ただ、状態として見れば、この疲れは珍しいものではありません。
判断の対象が増え、考える範囲が広がり、先の見通しを常に意識する状況が続けば、気持ちの消耗は起こりやすくなります。
それは、性格や気合の問題とは別のところで生じるものです。

何も起きていないのに疲れている感覚は、異常とは言えません。
むしろ、負荷が分散し、見えにくくなっている状態とも捉えられます。
原因が一つに定まらないからこそ、疲れとしてまとまって現れる場合もあります。

この状態を無理に説明しようとしなくても構いません。
すぐに理由を特定できなくても、整理が進まなくても問題はありません。
「理由が分からないまま疲れている状態がある」と捉えるだけで、感覚の扱い方が変わることもあります。

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