50代で将来のことを考え始めたとき、自分の状況だけでなく、周囲の人の様子が気になってしまうことがあります。同世代の知人や、少し先を歩いている人の話を見聞きするたびに、気づけば比べてしまい、気持ちが重くなる。そんな感覚に心当たりがある人も少なくありません。
この「比べてしまう感じ」は、性格や意志の弱さによるものとして受け取られがちです。しかし実際には、50代という時期と、将来というテーマが重なることで、自然に起きやすくなる構造があります。
将来について考えるとき、一つの正解や、はっきりしたゴールが用意されているわけではありません。仕事、お金、健康、暮らし方など、複数の要素が同時に浮かび、それぞれに選択肢があります。
その中で、周囲の人の状況が断片的に目に入ると、自分の立ち位置が相対的に見えやすくなります。人の話や情報は、「こうなっている」という結果が強調されやすく、そこに至るまでの条件や迷いは見えにくいものです。
一方で、自分の将来は「途中のまま」で考え続けることになります。準備の過程や迷い、まだ定まっていない条件を含んだ状態で向き合っているため、他人の結果と並べたときに、ズレが生じやすくなります。
このズレが、比べても答えが出ない感覚を強めていきます。比較しているのに指標が揃っていないため、判断材料として使いにくく、気持ちだけが重く残りやすくなります。
さらに、比べること自体が、次の判断や決断につながるように感じられる点も影響します。「あの人はこうしている」「自分はどうすればいいのか」と考え始めると、まだ条件が揃っていない段階でも、何かを決めなければならないような気持ちになりやすくなります。
その結果、考えが進んでいるようで、実際には思考だけが重なっていく状態になりやすくなります。整理しようとしているのに、比較が増えるほど負荷が重なっていく感覚です。
ここで起きているのは、比べることそのものが問題なのではありません。将来を真剣に考えようとするほど、比較が避けにくくなる構造の中にいる、という状態です。
50代は、考える対象が一気に広がりやすい時期でもあります。将来について考えたときに、周りと比べてしまい、つらくなる感覚が出てくるのは、何かが足りないからではなく、考える負荷が重なりやすい時期に入っているためかもしれません。
無理に答えを急ぐよりも、いまは状況を整理している途中にいると捉える方が近い場合もあります。
※この記事は、シリーズ「老後の不安を、そのまま辿る」の一部です。
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